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後藤さんを待ちながら
人間には隠された特殊能力が、なにかのきっかけで開花することがありますな。
ジョジョで言うところのスタンドとか、ペルソナで言うところのペルソナ発動みたいな、ワンピースだとなんとかの実を食べたら手が伸びるようになったとか、X-MENで例えれば爪が伸びるのめっちゃ早いとかあるわけです。

例えば個人的な経験から言えば、去年の12月30日の夜に、潜在的なポテンシャルみたいなのが花開いたわけだ。

それがなにかっていうと、「ポケモンがやたらうまく描ける」っていう能力。

この能力がなんの役に立ったかって、甥っ子がやたら喜んだくらいしかないのですが、実は因果がめぐりめぐって今日のこの2011年10月28日、マヤ暦で人類滅亡が予言されてたなんて噂のこの日に滅亡を回避したのは、そういう去年の12月30日のリキッドルームで、ミドリの解散ライブを見たことによって覚醒した人たちのなんやかやが積み重なって、その結果で滅亡を回避したのかもしれないじゃないですか。

これが世に言うフィッシュストーリー。



気がすんだので本題に入ると、後藤さんを待っていました。
12月27日に渋谷O-EASTで主催イベント Don't disturb me!! やります。
初日の電話予約でチケット確保済み。

解散ライブのあとにクリトリック・リスのスギムが出てきて後藤まりこUFO CLUBでやろう!なんて言ってるのを見てなんで大阪人はこう最後の最後に吉本新喜劇的なノリを出してしまうんだろうと考えてしまったのですがソロでもバンドでもUFO CLUBあたりでやってくれればこんなに嬉しいことはないですわね。

(ちょっと後藤さんのUst始まったんで見なきゃ!)

風呂ロックで見たソロがすばらしすぎたのでまたああいうフォークなソロをUFO CLUBあたりでやってほしいのですがこのイベントではどうなるんですかね。

(けっこうごっついバンドでやるって言ってる!)

なんにしても楽しみなイベントですな。
回避すべきは地球の滅亡よりも忘年会だ。


そのあたりのコンビニでコピーしてきましたみたいなチラシなんだけど久しぶりにあの界隈に行ったらnest下のam/pmがなくなっていた。

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くりかえされる8月32日 よみがえれぼくのなつやすみ(4周目)
 暑い暑いと繰り返していたら8月が終わりまだまだ残暑が厳しいと汗を流していたら台風が9月をお持ち帰りして10月。涼しくもなったしもうこのまま秋が続けばいいじゃないか。いっそのこと。

 ☆

 そういえば神聖かまってちゃんの新曲を聴いたらの子の中で問題に答えが出て夏休みが終わったんじゃないかという話がしたかったんだった。

 要はの子が自分語りをする時期はとっくに終わって他人から共感される存在から他人に共感してあげる存在に変わっちゃったんじゃないかって話。

 なんで忘れてたかって思いついたときにはおもしろそうな気がしてたけどたいしておもしろくもなかったしなによりもう飽きた。

 ☆

 神聖かまってちゃんがなんでヒットしたのって話になると「ネットでの話題作り」と「共感」ってのが必ず入ってくるキーワードで、ナタリーでもなんの記事でも必ず出てくるような気がします。そういえばカミスンではひきこもり経験を歌って若者の共感を呼び大ヒット、みたいな紹介のしかたをしてましたね。

 神聖かまってちゃんが共感されて大ヒットってそりゃそうなんだろうけど今までの神聖かまってちゃんを見てるとの子は共感を得ようとはまったくしてなくて好き勝手にやってたら聞く人が勝手に共感していたように見える。例えば「死ね」はの子の言葉であっての子がそう言ったら「死ね」って思ってたけど実際に言えなかった人が自分の言えなかった事を言ってくれた、と代弁者扱いをする、の子も同じことを思ってた、と共感する。けっきょくの子の自分語りに自分を投影させての子の歌詞や言動を通じて自分で自分に共感してるように見えなくもないのですが。の子のストーリーが聴く人自身のストーリーになってた。

 まあそうするとナタリーを始めネットの音楽系サイトでも若者の共感を得て熱狂的な支持を得たって反応はそりゃそうだと。共感されてヒットしましたなんて誰かが大ヒットとばすたんびにその理由は共感されたからで片が付いちゃうんであんまりおもしろい理由でもないんだけど実際にそうなのかなあと。神聖かまってちゃんに共感するってよくわかりませんがそういう人もいるんだろうなと。

 それよりはたまに神がかった曲を作るとか高い音楽性がうけたという説明のほうがそうだよねえって思う。けーどーもー、たくさんの人が神聖かまってちゃんに共感してるということにしないと話が進まないのでねえ。

 ☆

 なんの話かって9月の末にYouTubeにアップした「鳥みたくあるいてこっ」と「ベルセウスの空」、その後1週間ほどしてもう1曲アップした「友達なんていらない死ね」の3曲を聴いての感想。

 この3曲、曲調は相変わらずの神聖かまってちゃんの曲で、ということは好きではない。神聖かまってちゃんを聴いててもだいたいはまとまりがないというか、通して聴くとものすごく散らかってるとか、歌詞やメロディーがものすごく一本道な印象が強いんであまりおもしろみを感じないし1曲通して聴くのも飽きてしまう。黒いたまごや夜空の虫とどこまでもを聴くと天才だとしか思えないし美ちなる方へや死にたい季節なんてすごくいい曲なのになぜかだいたいの曲は「つまんね」としか思えない。この「つまんね」が深夜のファミレスで消費される郊外の退屈なんだよって言われるとなるほどそれっぽいねえと思うけどそういう退屈にはなるべくお近づきにはなりたくないですわね。

 一方で歌詞を読むとこれまでとずいぶんと印象が変わっている。

 特に鳥みたいにあるいてこっではの子が聞く人に対してものすごく歩み寄ってる気はします。君たちのこともわかるよって共感してあげるよって世の中は厳しいけど一緒に歩いて行こうって語りかけているようにしか聴こえなかった。はーこんなこと言うんだって。今までは「ぼく=の子」でしかなかったのが「ぼく=神聖かまってちゃんを聴いている人」にもなるように意識してるのかなと。しかも観察してるだけでは君がいるストーリーに僕は会えないというようなことを歌うとは思わなかった。動かないと僕は君に会えないし君も僕に会えないってなんか前向きになったじゃないですか。少女ファイトで由良木が俺もサラちゃんの世界の登場人物になりたいみたいなことを言ってたのを思い出しますね。

 ベルセウスの空はたぶん物語を語ろうとしている。けっきょくの子の自分語りなのかもしれないけど、死ぬとか死ねとか死にたいとか直接的に歌ってたり自分の問題やら悩みやらを具体的に歌ってたりしてたのがここでは抽象的に語ることで問題意識の小ささをもっと普遍的とか一般的とか大きなところに持って行こうとしたのかなと。よくわかんないんだけどさあ、それっぽいじゃないですかそういう説明すると。私小説的であるとするならフィクションの配分が大きい。曲調もゲーム音楽とかアニメソング的な壮大さを感じるんで物語を語ろうとする意識があるような気がする。DJみさこがサンホラ好きだって言ってたんで曲にストーリー性をもたせようとした気がする。

 ただこの2曲って言葉づかいがクリシェっぽい感じはします。言葉の組み合わせのおもしろみは感じない。こういうクリシェがカモフラージュで実はその比喩で解釈するとわからない何かがあるんだよってそこまでうがった見方をする必要はなくて、なぜならばそこまでするとの子にしかわからないってことになってそれを独りよがりと呼ぶんだよね。従来の解釈するフレームから飛び出したいるから従来の解釈が成り立たない、新しい表現の地平を開いたとかそんな感じのことどっかに書いてありそうじゃないですか、でもそこまでぐちゃぐちゃ言わないと肯定できないってのは実はそんなにおもしろくないんじゃないのって気はしてる。悪く言えば陳腐なんだけど良く言えば他人に伝わることを最優先して独りよがりから脱却した。

 この2曲のあとだと友達なんていらない死ねは死ねがファンサービスになってるんじゃないのかなって。歌詞を読むと夕方のピアノみたいに誰かに死ねと言ってるのではないと思うので。タンバリンで首を吊って死んじゃった君に捧げるなんとかじゃんね。たぶん。要はの子が死ねって思ったから死ねって歌ってるんじゃなくてぼくはもうその時期は過ぎたけどきみたちは死ねって言いたい相手がいる、だから代わりにぼくが叫んでやるよってのがたぶん今。

 ☆

 ひとことで言えばの子ってもう今までの問題に答えが出ちゃったんだなって。みんなが大好きな新世紀エヴァンゲリオンで例えると、テレビ版の最終回でシンジくんがおめでとう!ってみんなに言われて拍手された、あの状態をすぎたんじゃないかなと。だからと言ってまだわからないお前らばかとか言わずに君たちはこう考えてるんだよねっていうところに行ったような気がする。

 の子のなにがどう変わったかどうかはおいといて、僕が行くか行かないのかってだけでストーリーには2ページ目があるなんて歌ったらそりゃの子はストーリーの2ページ目に行ったんだよねって思いますよね。代弁者であることを自覚して振る舞ってる、でその状態で作った曲がこの3曲ってなればなるほどねーって。

 そういえば昔々の話になるけどいがらしみきおのぼのぼのが好きな男の子が言っていた。「ぼのぼのはぼくのやりたいことを代わりにやってくれる」。実はぼのぼのまったくと言っていいほど読んでないんでこの少年の言葉の意味がいまだによくわかりませんが、神聖かまってちゃんもそういうバンドなんじゃないのかなって。の子=ぼのぼのでそんなに外れてない気がする。

 ☆

 最近いろいろと愚痴を言ってても始まらないので心を入れ替えて「floating view 郊外からうまれるアート」なんて読んでみたりしてて、ここまで筆舌を尽くさないと肯定できない郊外ってなによってやっぱりだめじゃんって思いを新たにしました。そもそもアートがうまれるのに郊外をポジティブに捉える必要なんてなくてそれこそみんな死ねとかつまんねとかお前ら嫌いとか滅びろとかそんなネガティブな感情でもアートになるんじゃないのって。神聖かまってちゃんがわからないなんて言ってる人は郊外に住むか千葉ニュータウンにでも巡礼に行くとよくわかるようになると思います。

 なので郊外からうまれるアート、なんてのがあるとしたら神聖かまってちゃんはたぶん最先端ですね。

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アゴラの支援会員になる
 

今月末から始まる青年団のソウル市民5部作連続上演に合わせてこまばアゴラの支援会員になりました。
会員になって行くほうが金銭的に安いというきわめて現実的かつ妥当な判断ですね!
短期間に5本観ることが現実的かつ妥当な判断かはおいといて。

今までで行った回数がいちばん多い劇場はこまばアゴラ。
これは間違いない。

今までで観た回数がいちばん多い劇団は青年団だと思います。
最近だとバルカン動物園は行った。
革命日記は行けなかった。
その前のカガクするココロと北限の猿は行った。
多いっていっても実はそれほど多くないな。

でもソウル市民はテレビ放送で1回見たことがあるかないかくらい。
5部作のうち4作は初見。
東京ノートもテレビ放送を見ただけなので再演あれば行きたいのですがないね。
そういえば1990年代のあの頃だとNHKのBSの深夜の映画と演劇の放送ばっかり見てたんでした。

一緒にもらった会員通信にはマームとジプシーの藤田貴大インタビューが載ってました。
先週末アゴラにマームとジプシーの「Kと真夜中のほとりで」を衝動的に観に行ったらこれがものすごくおもしろくて、好みにもばっちり合ってたし、マームとジプシーの話しかする気にならないですね。今ね。

まあついにアゴラの支援会員になったって話なんだけど先週末アゴラに衝動的に観に行ったマームとジプシーがものすごくおもしろくてさぁ、

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くりかえされる8月32日 よみがえれぼくのなつやすみ(3周目)
 振り返ってみれば顔を見れば暑いねえと挨拶し誰の顔を見なくても暑い暑いと繰り返していたら8月が終わっていた。まったく関東平野の天候は加減というものを知らない。そういえばこの8月には10年近くもかかってしまったお蔵出しを終えたのだった。夏休みの課題が終われば夏休みが終わる。そこでやっと壁にかけてあった8月のカレンダーをめくって9月に入ったわけだ。主観的な時間の長さは人によって違うと思いなよ。なんとなれば毎日が夏休み。しかしまだ9月のカレンダーはめくっていない。もうしばらくは残暑が続いていてもいいじゃないか。

 ☆

 夏休みで思い出した。

 神聖かまってちゃんの新曲を聴いたらの子の中で問題に答えが出て夏休みが終わったんじゃないかという話がしたかったんだった。

 要はの子が自分語りをする時期はとっくに終わって聴く人に共感される存在から聴く人に共感してあげる存在に変わっちゃったんじゃないかって話。

 ☆

 やっぱりネットが普及したことによって個々人が情報を全世界に発信して共有する手段を手に入れたじゃないですか。そしたらバンド活動でもなんでも、見栄えの善し悪しは当然あるけども、自分で情報を発信して流通させることができるようになった。音楽だってテレビやらラジオやらCDやら既存のメディアで流通してなくてもネットの上では話題になってたりメジャーもインディーズも公式も非公式もオリジナルも二次創作もサブテキストも入り乱れてものすごい量の情報が流通するようになった。

 当然ネットから火がついて大ヒットなんてことも起こりうるわけで、例えば相対性理論のこれまでの経緯を振り返ればまずネットで音源が大量にダウンロードされ並行してCD-Rが売れまくり、その後は本人たちはまったく姿を現さないし情報も出さないのにライブでの目撃情報や曲をめぐるいろいろな感想やメンバーの背景に関する妄想がネットの上で増殖して溢れた結果がすっかり人気ものになっちゃいましたね。バンドの活動として曲とライブとCDってそれだけではなくてネットの上での相対性理論語りが積み重なって行く過程もおもしろかったと言える。ここまで語られる話題の尽きないバンドも珍しいのではないか。それはまた別の話にするとして。

 このネットを使ったDIYな情報発信ができる、ようになった、できの善し悪しはあるにしても、ということで実際に積極的に利用したのが神聖かまってちゃんで、mf247やらaudioleafで曲を配信したりニコニコ動画にPVを作ってはアップしてた。今までにオリジナルで50本くらいはあるんですかね。数えてないけど。さらに曲とPVをアップするだけでなくてニコニコ生放送でライブでも私生活でもなんでもかんでも配信した。今でもしている。いつでもなにかしら配信しているからすでになにが配信されているのか把握できていない。

 ☆

 しかしだいたいこのあたりの話なんてクイックジャパンとかそのあたりの雑誌に書いてあるはずなんでわざわざ書く必要もないしあまりにも今さらだしなによりの子の作る曲が変わったよねって前ふりにつながらないのでやりなおします。
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宇宙人がやって来る ベントラー!ベントラー!ベントラー! 3


 終わり終わりー尾張名古屋は城でもつーとか言いながらライブ日記っぽく会場の写真とかそろそろ載せたいですね。なので100人いたらそのうち96人が撮るような看板の写真を撮ってきたのでアップしておきます。残りの4人のうち3人はそもそも写真撮らないしって言います。これは好きな食べ物を聞いたらそもそも食べるの嫌いだしっていうタイプです。ひねくれてますね。残りの1人くらいは同じ看板を撮ってもおもしろくなるかもしれない。まあ世の中はだいたいにしてそんなもんだ。
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