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LIQUIDROOM 6th ANNIVERSARY "Private Lesson" コメンタリー 4
***(本日の放送は終了しました)***

もう夜も遅いし時間切れなので強引にでも終わらせたいけどうまい落とし所も見つからなくてまぁけっきょくなんだったのかって言われればなんだったんですかねぇってもぞもぞしないでもない。

スチャダラパー見てて思ったのは、スチャダラパーは見てておもしろい。
好んで聴くかと言われれば聴かないけど。
そもそもヒップホップとかラップと呼ばれる音楽を聴かないからなのではあるけどもそうするとどこからかスチャダラパーはヒップホップじゃないんだっていうディスが飛んできそうなんで、それこそあいつらはロックじゃないっていうのと同じように、まぁそれで華麗なディスりあいを繰り広げていても別にあんたらが誰と仲がいいとか悪いとかどうでもいいしなぁって思って見てる。

ヒップホップとかラップとか呼ばれる音楽はまったく聴かないしやってる人たちも有名であれば名前くらいは知ってるよ程度しか知らないので、だいたいどの曲も同じに聴こえるからいまいち興味がもてないというのはあって、例えば実際にスチャダラパーを見ててさっきの曲と今の曲は違う曲であるのはわかるけどだいたい同じに聴こえるとか、例えばラジオから流れてきたラップを聴いて、それが誰の曲かという情報がなかったとして、ああこれは誰それのなんていう曲だとわかるのか。

どこにその人のオリジナリティとかその人でしかありえないなにかが出てるのかって言った時によくわからないというのは正直ある。
それにこの人は天才だと言ってみたところでなにが天才なのかわからないというか、例えばギターのうまいへたはわかるし今日はすごいいいギター弾いてるよねってそれはわかるし、もしかしたらこの弾き方は誰っぽいとかそこまでわかるかもしれない。
ただヒップホップではできそうにない。
そもそも聴いてないからだけど。

そうなるとヒップホップって音楽のひとつのジャンルとしてクラシックやジャズやロックと同じレベルの扱いになっててもヒップホップの中って意外と一様なのかなと。
少なくともこちらからはこれとこれがどう違うという違いがあまり認識できない。
たぶんこれこうしたらヒップホップというジャンルに入るっていうフォーマットがかっちり決まってるからの気がするんだけどどうだろう。

あと思想とかなんとか精神とか重要そうじゃないですか。ヒップホップ。
社会的なメッセージとか。
一時期の日本語パンクと呼ばれていた人たちと同じに。
スチャダラパーはそういう余分な背景を感じさせないところがすごく入りやすくていいなぁとは思っているのだけども。

そういうのはどうでもいいとは言わないけど音楽としてどうかという段階の前にそれは馴染めないというのは常々思ってて、最近のヒップホップではあまりそういうのも流行らないのかなと浅はかな知識をもって言ってみたとして、この曲いいよねってなるときに思想や精神やメッセージ性が先に立つことはあるのかってなるとないんじゃないかと。
でも軍隊も宗教も盛んに音楽を使うし、音楽でラブアンドピースとかエコとか言ってる人たちも比較的よく見かけるんで、そういえば夏に増えそうな気がする、そういうことあるのかって言われればあるのかもしれませんね。
ラブアンドピースとかまったく信じてないけど。

でも音楽と思想とか精神とかメッセージとかはたぶんすごい結びつきやすい。
それに音楽のジャンルによって相性がいい思想みたいなのがある気がしてて、例えば70年代のイギリスだったらパンクと呼ばれるバンドが出てきたし、例えば大学紛争が華やかなりし頃の日本はフォークが大流行。
それは間違ってるって言われてもだいたい合ってる気がする。

例えばその頃に、例えばばっかりで悪いけど、ヒップホップという選択肢があったとしたらヒップホップが流行したかと言われると想像できない。
時代や地域が違うので想像しろというほうが無理なんだけど、ヘルメットかぶってゲバ棒振り回しながらヒップホップってありえない気がするんですよ。
連帯のためのヒップホップとかアジ演説のためのラップっていう組み合わせはありえない気がするんですよ。
できるとしても流行らない気がする。
色則ぜねれいしょんにおけるユースホステルのミーティングのシーンはギターを持ってみんなで歌わなければいけないのであって、あそこでヒップホップはありえないんじゃないかと。

そしたらヒップホップと宗教っていう組み合わせがないかなーと思ったら念仏ラップというのがありまして、向井秀徳がZAZEN BOYSを始めてから念仏ラップっていう言葉が使われはじめたような気がするんですけど、でもここで問題なのは向井は神でも仏でもないってことで、やっぱりそういうところに個人崇拝は持ち込まないタイプだし、これがヒップホップと宗教とのコラボレーションっていう気はまったくないけど、そろそろ温度が上がってクーラーのリモコンを探したりする季節なんじゃないですかね。

あと個人的な好みで言えばやっぱり小さいライブハウスが好きなんで、リキッドみたいな規模の大きい会場だとどうしてもこちらの気分が盛り上がらないというか、盛り上がるんだけど突き抜けないというのは経験上わかっていて、あんまり好きじゃないんですよ、要は。
演奏もパフォーマンスもものすごいよかったねってなってもいまいち盛り上がってないのはたぶん会場が大きいから。

スチャダラパーはたぶんこのくらいの規模、もしかしたらもっと多くて数千人規模の会場がベストのような気がする。
それに比べると相対性理論ってやっぱり小さいライブハウス向きのバンドだなって思いますよね。
200人くらいかな。
どっちがいいとか悪いとかじゃなくて持ってる雰囲気として似合うかどうかの話。

恵比寿を通過するときに適当にタイトルをつけたらわかりにくかったんじゃないかと思って、わかりにくいというかこのタイトル単独ではそんなにおもしろくはないし、そうなると元ネタを知ってればおもしろいのかなとも思うけどここまで反響がないというか誰からもつっこまれないということはそもそも知ってる人が少ないんじゃないかと思ってそこをいやこれはあれでね、みたいな説明を入れるのも恥ずかしいのであれすごい流してほしいいま。


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