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みらいさん、こんばんは。その4
4.

もう一つ。
やはり相対性理論を語る上では避けて通れない戦略の話があります。
この偶然の産物と思えなくもないイメージ戦略は結果的にあまりにも巧みであった。

相対性理論は自分たちがブレイクするその直前、開戦前夜のこの感じのときに極めて良いタイミングで公表する情報を制限した。
ここで名前は知ってて曲も聴いたことあるけど誰が作ってて誰が演奏してるのか、その実体は誰もしらない相対性理論像ができあがったわけです。

これはお金をかけなくてもネットを使えばいくらでも情報が流せてプロモーションができる現在ではどちらかというと異質な利用のしかたに見えます。
相対性理論自身もどちらかというとネットを使って楽曲を配信したりしてネット経由で人気が出た、という捉え方をされており、どちらかというと積極的に利用していた感じはありました。

そこにきてこの方針転換。
なにも考えてないように見えて実は相当考えたのかもしれません。
少なくともそういったネットを使ったプロモーション活動やニコニコ動画やYouTubeなどの動画共有サイト、mixiなどのSNSの流行、といった現代のネット利用の実態を熟知している人がメンバーの中にいた、もしくは近しい人の中にいた、としか思えない。
運がよかっただけで説明するのはちょっと無理っぽい。

で、この情報を制限したことによってどんな現象が生まれたか、と言えばやはりまずはリスナーに相対性理論像を想像できる余白を与えた、ということです。
想像、妄想する余白を用意した。
もう一つ、情報を制限したことで現れた効果というのが、音楽と制作者の関係を切り離してしまったことです。

メンバーはどんな人かわからないしどんな人が作って、どんな人が歌ってるのかもわからない。
むしろ誰でもいい。
相対性理論はみんなの想像の中にあるし、それは個々人で当然違ってくる。
それでいい。
だからリスナーの想像で何者にもなれる。
そういうリスナーのフェティッシュに応えることができる。

だからこそ中の人はよけいに外に出て行けない、ということになって情報も出せないという循環があるわけです。
それはやっぱりアイドルとかアニメキャラとか声優とか、最近では初音ミクとか、そのへんと共通するところもある。
相対性理論の場合は中の人を見て期待を裏切られるようなことは決してないんですけどね。

ここでやっと初音ミクが出てきます。
初音ミクの登場と相対性理論が話題になってきた時期がほぼ一致しているのは、たぶん偶然。
でもなにかしらの相互作用はあったかもしれない。

初音ミクは設定がほとんどなかった。
提供するのは声とキービジュアルといった最低限の素材だけ。
あとは自由にやってくれ、と。
それが今のブームにつながったということは、ニコニコ動画の存在も大きいんだけど、その初音ミクを素材として使って自分たちで自由に設定を考えてキャラ付けしたり歌わせたりできたところが受けたと思うんですね。
初音ミクをうまく歌わせるのはやっぱり誰にでもできることではないしそれなりの音楽的な知識や技術も必要なんだろうけど、それができる人たちがいたし、難しくてもやろうとする人たちがいた。

初音ミク現象について詳しく知りたい人はユリイカの初音ミク特集号を読んだらいいと思います。

だから初音ミクの場合もやっぱりユーザの想像力を最大限に利用していたと。
ユーザと強固な共犯関係を結んでいた。
さらに作り手と演奏者、音楽、歌い手の関係が代替可能であることも明らかにしてしまい、従来の音楽に対する考え方を一変させるほどのインパクトがあった。
さらにそれを許容して面白がる受け手の存在があった。

これは相対性理論現象を考えるときにはたぶんみんなが指摘することでしょうね。
これ共通のフレームワークですよ。

初音ミクと相対性理論の共通点を指摘した西島大介はやっぱりすごい人です。


つづく
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